| ・・・・・・・・・・日蓮聖人語録・・・・・・・・・・ | |
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私達一人一人は、人生の旅人であります。不完全なるが故に、知らず知らずのうちに、時に人を傷つけ、時に予期せぬ泥濘に足を踏み入れてしまうことさえあるようです。そのように思索を重ねる時、およそ、凡夫が「罪」と無縁で生きぬくことは、決して容易ではないことに気付かされます。 もちろん、私達はそれぞれが一個の人格体として、「罪」を犯さぬよう、留意して生きていかなければなりません。故意に人を傷つける行為、ましてや人の尊い命を殺める行為は、断じて許されるものではありません。 さて、大聖人は、私達すべての生命にとって、最も崇高な生存の目的が、本仏の親心から発せられた法華経(南無妙法蓮華経)の信心に生きることにあると教えられています。 その意味からすれば、罪の軽重よりも、まさしく「信心」の有無こそが大きな問題となること。つまり、「信心」こそが、成仏への最も大切な架け橋となることを、「罪」の問題を比較の例に取りながら、このお言葉で、大聖人はお示しになられているのです。 このような見方から、大聖人は、法華経を信ぜず蔑ろにし、本仏のみ心から背いた状態(謗法罪)が、最も忌避されるべき、宗教的な大罪であることを教えられています。「善につけ悪につけ法華経をすつる、地獄の業をるべし」−大聖人− |