| 日付 | H04__ | 教区 | 中部教区 | 通信員 | 加藤徳昌 | ||
| トピックス | 宗祖の 御身骨発見 |
場所 | 岡崎・妙国寺 | ||||
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昭和五十九年、岡崎妙國寺の庫裡増改築にともない、それまで庫裡の北西側に奉られていたお内仏(妙國寺住職の仏壇)を増築された座敷に移転しました。仏壇の中には、妙國寺第二十三世の故玉井上人より受け継いだ仏様や位牌が多数あり、その中現住職が妙國寺に弟子入り以来(約五十年)扉を開けたことのないお厨子が一つありました。 移転を機に掃除をかねて全ての仏様やお厨子を取り出して調べてみるとお骨の入った宝塔型の納骨塔が出てき、その裏書きに 高祖大聖人御身骨者 日b師所持也 予授與之 爾妙國寺十五世日能 任願望則納之者也 文化五戌辰正月日 常霊山二十七世 日安 花押 とありました。 妙國寺は徳川家臣大久保家の発祥の寺であり、当時から格式もありましたが、現住職も大聖人のご身骨が奉られていたのには、驚きを隠せません。当分の間は妙國寺でも秘仏とし、いずれかは御身骨堂の建立も考えなければいけません。 厨子の大きさは 縦、二十八センチ、横二十センチ 納骨塔の大きさは 縦十七・五センチ 横九センチ 御身骨は 縦約五ミリ 横約八ミリ 程の大きさで納められています。○ |
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