日付 H08_05_18 教区 関東教区 通信員 土屋善頌 牧野秀成
トピックス 白子・玄徳寺
「辛夷会」
墓参に訪れる
場所 白子・玄徳寺
 九十九里浜に近い白子町玄徳寺(増田教一住職)境内の一隅に、当地出身の俳人、普羅翁(本名前田忠吉氏)の墓がある。さる五月十八日、翁を忍んで富山県「辛夷会」の福永鳴風氏を始め総勢五十数名、当地からは教育長ほか翁の教えを受けた俳句同行会も同席され、本堂にて読経、墓前に参詣されたその後参加者全員にて吟行会が盛会に行なわれた。

  当寺は、江戸時代より俳句の盛んなお寺として、しばしば句会が催されていた。芭蕉没後二百年を記念して、
草いろいろおのおのの手がらかな芭蕉
の句碑が建立された。

  当寺二十四世、二十六世は句会を催し普羅翁もしばしば来寺した、翁は虚子の四天王の一人で昭和四年富山市で俳誌「辛夷」を発行された。

  生家は木造納屋門の構えで、築後約二百六・七十年は経過し、現当主は白子町助役に就任している。

  墓誌は「法名普羅窓峯越日堂居士 享年七十一歳 昭和二十九年八月没」とあり、友である飯田蛇笏氏の筆による。

  漂泊の詩人普羅翁ののこされた言葉に、.
わが俳句は俳句のためにあらず さらに高く深きものへの階階にすぎず「辛夷より」

また白子町文化財史跡として指定されている
(増田教一記)