| 中部教区 | みょうきょうじ | 妙教寺 本堂 |
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法喜山 |
妙教寺 | |
| 院号通称 | 喜徳稲荷 | |
| 住職名 | 3世 加藤 徳昌 | |
| 所在地 | 446-0005 愛知県安城市宇頭茶屋町大浜屋敷69番地 |
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| 電話 | 0566-98-0759 | |
| FAX | 0566-98-0818 | |
| E−mail | admin@hokkeshu.com | |
| 開山 | 本妙院日喜 | |
| 開基 |
| 寺宝什物 | 一塔両尊像(安城市文化財) |
| 交通 | JR安城駅下車北約4キロ。名鉄新安城駅下車東約3キロ。 |
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住職からの一言 当山創立の起源になった祭神、喜徳真天の大祭が、毎年3月第1日曜に盛大に執り行われます。 |
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3世 加藤 徳昌 |
開山日喜は真宗の家に生まれ俗称を加藤喜三郎と言った。永年悪質の眼病に悩み続け、種々治療を試みてもその効がなかったが、鎌倉街道沿いに建つ稲荷を祀る祠に籠もり、一心に法華経を読誦し一夜霊夢を視るや忽然と眼病が平癒した。この驚きと喜びに意を決し仏門に入り、喜徳稲荷真天を勧請して、明治36年、自宅を志貴教会となしたのが当山の創立である。 |
本堂 内陣 |
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昭和 25年10月11日、2世日徳代に法喜山妙教寺と公称し、昭和29年3月30日県知事の認証を受ける。日徳は50有余年妙教寺の住持として、本堂新築、書院・庫裡の増改築と、妙教寺の基盤を確立した。真宗王国のこの三河の地で、法華経信仰を流布した功績は大なるものがある。当山の御本尊(一塔両尊)は、その光背と框座に書かれた墨書銘により、元亀2年(1571)長福寺9世弘誓院日朝が妙晃を願主として京都の仏師法眼に作らせたことが知られる。 |
一塔両尊像 |
| 歴代 | 住職名 | 遷化 |
| 1 | 本妙院日喜 | 明治36.12.5 (1903) |
| 2 | 弘誓院日徳 | |
| 3 | 加藤 徳昌 | 現住 |