中部教区

がんじょうじ

日蓮聖人御石像

弘誓山

願成寺
院号通称 受法院 
日蓮聖人御石像の寺
住職名 3世 鈴木 宏正
所在地 444-0824 愛知県岡崎市上地町宮脇90番地
電話 0564-51-9108
FAX 0564-51-9108
E−mail  
開山 成願院日洪
開基  
寺宝什物
交通 JR岡崎駅下車、名鉄東岡崎駅下車。駅より名鉄バス(幸田駅前行)願成寺下車。

 

情けは他人(ひと)の為ならず(一)       日 艸

 石川成山師は私の尊敬する先輩です。飛騨高山法華寺吉田完明上人弟子でしたが、余程(よほど)厳格に育てられたのか、彼を知る者は何れも一目置く存在でした。
  当時本宗と隆門、真門の三宗派は政府の要請により合同し(昭和十六〜二十年)学林は兵庫県尼崎市の本興寺内の興隆学林に移りました。
  成山師は昭和十七年に満州牡丹江より除隊し、学林に入学、宿坊を本興寺塔頭(たっちゅう)の恵雲院に定められました。成山師は毎朝この寺の本堂庫裏の廊下を拭き掃除し、ご宝前にて看経(かんぎょう)をして学林に出ました。住職の田頭上人は「永年学林生の宿をしたが成山君のようなすばらしい学生さんははじめてだ」と絶賛されました。この宿坊に隆門の学友がいましたが、宗学の授業についていけなくて満足にノートがとれずついに「自分はもう限界です。能力の無いのが解りましたので諦(あきら)めて帰ります」と挨拶しましたので成山師は反対して、以来この友人の為に毎晩、空襲下の灯火管制に怯えながら、黒い布で覆った電灯の下に机を持ち出し、成山師のノートを新しいノートに写し、難解の箇所には説明を付けこの学友の為にその日の講義の復習をしました。
  この友人は間もなく赤紙(召集令状)が来て、北海道の北端に近い礼文島に帰っていきました。この時、成山師より教えてもらったノートを押し戴き何度も礼を言って出征していったそうです。
  その後学林は休暇に入り、成山師は高山の師匠の下に帰り、さらに黒瀬本法寺荒井日幹聖人の下に修行に行きました。
  戦況はいよいよ緊迫した様相を示し、頻繁に召集がでたので、昭和十九年宗門は卒業年度の学生の繰り上げ卒業を認めることになり、(戦時下臨時措置ー卒業者は大徳号授与)
  成山師はこの繰り上げ卒業試験を受けるため京都に行くことになりました。なにぶん深刻な食糧難の時でしたので本法寺の奥様がたくさんの握り飯を持たせてくださいました。
  朝一番の汽車に乗り、京都四条大宮妙蓮寺内常在院で試験を受け、午後三時頃やっと京都駅に入るまでは試験前の緊張が続き食欲もありませんでしたが、駅の待合室の腰掛けに腰を下ろした瞬間、安堵とともににわかに腹が減ったのでやれやれと風呂敷を広げたところ、四〜五人の浮浪者風の痩せ細った子供たちが寄ってきました。
  「和尚さん一つ頂戴」と手を出しましたので、かわいそうに思って一つずつ与えようとしたところ、いつの間に集まってきたのか大勢の子供に取り巻かれ、「駄目だよ、駄目駄目」と叫びながら、気がついたときには風呂敷だけが残り、お握りは一つもなくなってしまいました。
  せっかく、本法寺の奥様が大切にしておられたなけなしの白米で作ってくださったのに成山師の口には一つも入らなかったのです。           (つづく)

 去る九月十二日(金)、法華宗僧侶百二十余名が当山に参拝されました。本堂での僧侶のお経が堂内に響きわたりました。功徳を頂戴し、有り難く感謝申し上げたいと思います。

お会式大法要ご案内
十一月七日(金)午後七時  『お逮夜(たいや)』
八日(土)午後一時半 『お会式(えしき)法要』

日蓮聖人のご命日法要です。皆様のご先祖供養と併せておつとめ致しますのでお塔婆をお上げください。法要後にはお会式にちなんで日艸猊下のご法話があります。皆さまのご参詣を心よりお待ちしております。
 
 
 


 

 当山は、貞治4年(1365)什門受法院日擁により西加茂郡深見村に創立され、8世賢証院日祐代に同郡東広瀬村上切に移建、後に同村下切の持栄山妙向寺を併合し、13世東光院日運代に什門から本宗に帰し長福寺末となった。児島高徳の末裔、広瀬城主三宅右衛門高胤の祈願寺として隆昌したが、江戸時代幕末の頃より無住となり、昭和の初期には廃寺の様相を呈していた。

−本堂の屋根は銅和瓦で葺替られました−

平成10年9月完工

 良海日洪は、昭和2年(1927)額田郡福岡町上地に法華宗教会所を設立したが、深く当山の荒廃を憂い、その命脈を保たんがために信徒に諮り、昭和17年同教会を解散し、新に当山を創立し、山号、寺号を継承した。

−本堂正面の宮殿−

御曼陀羅さまと御尊像がまつられています

 因に、当山の本堂は享保4年(1719)大久保彦左衛門一族により寄進された御堂で、昭和4年(1929)に当山に移転された。

 その後、昭和25年(1950)には鐘楼堂を建立し、昭和34年(1959)には日蓮聖人石像、昭和39年(1964)には石像台座納霊堂が完成し、已来日蓮聖人御石像の寺として今日に至っている。

−鐘楼堂落成慶讃法要−

昭和25年5月7日

歴代 住職名 遷化
 1 成願院日洪 平成5.8.4(1993) 95才
 2 惣在院日艸  
 3 鈴木宏正 現住