新潟教区 ようぎょうじ


要行寺 本堂

本水山 要行寺
院号通称  
住職名 17世  八木 好淳
所在地 957-0204 新潟県北蒲原郡紫雲寺町稲荷岡2294番地
電話 0254-41-2444
FAX  
E−mail  
開山 要行院日要
中興開山 本有院日相
中興開基 新田団治
寺宝什物 中興開山日相聖人肖像画1幅、釈尊涅槃図1幅。
交通 羽越線新発田駅下車、バス中条、藤塚浜行き稲荷岡下車徒歩2分。



本堂 内陣



位牌堂

沿革 / 黒瀬を去り、長岡本妙寺の寺中に身を寄せた本有院日相聖人は、新田団治氏の招きにより稲荷岡に来着された。この周辺は享保年中に紫雲寺潟の開発が進められ、蒲原の各地から多くの農民が移住して来ていた。当然、法華信徒も農民の中におり信仰の場として寺を求めた。初めは稲荷庵に拠って居た日相聖人は、新寺建立禁制の時節とて、この事態に応ずる為、小田原から寺を移転する手続を取り、時の寺社奉行大岡越前守に願い出(当所は天領)寛保元年(1741)927日に引寺免許を受けた。本水山要行寺は小田原に在った寺号である。現在地は新田氏の居宅跡である。弘化三年(1846)915日当寺本堂庫裡焼失し寺宝等は残っていない。当山9世海道院代であったが、直ちに再建した。その本堂は現存のものである。

 


山門


本堂

 戦前までは田畑5町7反、宅地2千坪を持っていた。昭和31年(1956)本堂を瓦屋根に替え、昭和45年(1970)庫裡増築、昭和51年(1976)本堂土台替、昭和54年(1979)位牌堂増新築、昭和55年(1980)大門を整備、昭和63年本堂銅板屋根替、開山廟所並に三十番神堂新築再建し現在に至っている。尚、境内には紫雲寺町忠魂碑が建立されている。


三十番神堂

歴代 住職名 遷化
 初 本有院日相 宝暦6.12.23(1756)69
 2 実相院日具 宝暦14.1.19(1764)
 3 本應院日護 明和3.11.26(1766)
 4 本相院日従 享和3.2.29(1803)
 5 本智院日周 文化13.12.16(1816)
 6 本蓮院日玄 文化4.9.9(1807)
 7 諦暁院日弘 天保7.4.29(1836)
 8 要題院日従 天保9.7.3(1838)
 9 海道院日性 元治元.11.25(1864)
前10 本土院日到 明治23.4.27(1890)
後10 勇勤院日孝 明治3.12.11(1870)42
11 本極院日身 明治25.6.27(1892)
12 慈徳院日範 大正7.7.15(1918)
13 大乗院日瞻 昭和20.1.17(1945)
14 天寿院日地 昭和20.7.30(1945)
15 瑞行院日城 昭和23.7.2(1948)
16 本地院日住 昭和41.3.17(1966)68
17 八木好淳 現住