関東教区 ほんつうじ



本通寺 山門

法栄山 本通寺
院号通称  
住職名 24世 田辺 信治
所在地 110-0001 東京都台東区谷中4丁目2番33号
電話 03-3821-5923
FAX  
E−mail hontuji@tctv.ne.jp
開山 玄昭院日用
開基 大久保玄蕃頭
寺宝什物 伝教大師作毘沙門天王木像
交通 地下鉄千代田線「千駄木駅」下車徒歩5分、JR山手線「日暮里駅」西口下車徒歩10分。

住職からの一言

 当山の境内の毘沙門天は谷中七福神の一つとして、当時多数の信者を集め、縁日店も出て、賑わったと伝えられる。現在もその名残が残っていて、縁日の店は出ないけれども、毎月3日の日は毘沙門天の例祭を行っている。

 例祭には家内安全の御祈祷、法話、時に1月5日、5月3日、9月3日は大祭で、法要後お斎があります。1月5日の大祭は法要後、福引きの余興等を行います。どうぞお出かけ下さい。

 

 当寺の古記録は、明治元年(1868)の戊辰の役の戦災に罹り焼失したが、明和年代に作成された過去帳によると、創立は元和元年(1615)玄昭陽日用が大久保玄蕃頭の帰依を得て谷中の曹洞宗王林寺々有地の一部に草創したのに始まる。爾来教線を拡張し檀信徒が増加し、堂宇が狭くなったので万治3年(1660)他の処(地名不詳)に移転し、明和3年(1766)客殿・庫裡を改築した。

 天保9年(1838)
16世法供院日良代現在地に移転し、庫裡・表門・毘沙門堂等を新築した。この時の丸山本妙寺日善は、其功を賞讃し日良に対して、本通寺准中興の称を允可した。境内の毘沙門天は谷中七福神の一つとして、当時、多数の信者を集め縁日店も出て賑ったと伝えられる。



谷中七福神の一つ 毘沙門天

 又、谷中三浦坂に寿宣院と称する末寺も建立されたが、享和元年(1801)3世日歎代に当山に合併した。

 明治元年(1868)戊辰の役に彰義隊の拠点となった為、戦禍に遭い表門を残して堂宇ことごとく焼失した。現在の本堂は、当時、仮本堂として建立されたものである。毘沙門堂も大正年間に現在地に移転した。

本堂 内陣

歴代 住職名 遷化
 初 玄照院日用 寛文2.8.27(1662)
 2 覚眼院日達 延宝4.5.2(1676)
 3 智照院日実 貞享3.6.9(1686)
 4 恵了院日理 元禄12.1.12(1699)
 5 量遠院日華 享保3.6.4(1718)
 6 本専院日涌 享保3.6.17(1718)
 7 義長院日瑞 享保12.6.21(1727)
 8 了受院日事 安永2.12.19(1773)
 9 本考院日照 宝暦6.7.20(1756)
10 玄二院日受 宝暦13.12.9(1763)
11 處中院日聞 天明2.8.21(1782)
12 妙弘院日時 天明2.2.9(1782)
13 名字院日泉 文化7.9.15(1810)
14 要法院日撰 寛政8.3.4(1796)
15 中善院日岸 天保14.1.3(1843)
16 法供院日良 嘉永2.9.28(1849)
17 研学院日暁 明治6.11.10(1873)
18 道元院日入 明治16.5.30(1883)
19 琢行院日調  
20 藤沢円随  
21 見機院日等 昭和6.6.7(1931)
22 常行院日厳 昭和38.9.18(1962)
23 順正院日伸  
24 田辺信治