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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より解説者の役職・所属寺院名などは掲載当時のもの

亀鏡なければ 我が面をみず 敵なければ 我が非をしらず

解説:学林教授・中原  本門寺住職 光林 孝玄

一閻浮提第一の御本尊を信じさせ給へ

 鏡を見て自分の姿を知るのと同じように、私たちは、他者との関わりあいの中で、自身の姿に気づかされることがあります。
 古来「人こそ人の鏡なれ」ということわざもあるように、他者の言動を自己に照らし合わせて、悪ければ直し、善ければ見習って行くという姿勢は、自身を向上させる大切な心掛けと教えられてきました。
 中でも「苦言は薬、甘言はしつなり」(史記)といわれるように、一見、敵対するかのような苦々しい言葉であったとしても、相手に対する深い愛情や思いやりから発せられた「忠言」は、自身の考え方の是非を正し、改心をもたらす良薬にたとえられます。
 大聖人は、移ろいゆく時代の中にも決して変わらぬ真実、法華経を「明鏡」とされ、絶えずご自身のあるべきお姿を映し出されると同時に、末法の衆生の救いの道を模索、実践されました。
 正しく 今生こんじょうを生き抜くために、正しく自他を、照らす確かな心の鏡、信仰的支柱をもつことの大切さを、大聖人はお示し下さっているのです。
「日蓮が慈悲曠大こうだいならば南無妙法蓮華経は万年のほか未来までもながるべし」
 大聖人が国家、宗教界に投げ続けられた 獅子吼ししくの諫言は、国民道徳・信仰の乱れを正すことが、未来永劫の真の社会の幸福を導くものであるという釈尊の声の代弁でもありました。
 そこには、敵対する他者をも愛する「慈悲」こそ、己を良くし、世の中を きよくする泉であるという精神が横溢おういつしているのです。

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