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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より解説者の役職・所属寺院名などは掲載当時のもの

春のはじめの御悦びは 月のみつるがごとく 潮のさすがごとく

出展:四條金吾殿御返事(昭定一九〇六頁)
解説:学林助教授・岡崎 長福寺住職 牧野真海

春のはじめの御悦びは 月のみつるがごとく 潮のさすがごとく

 弘安(こうあん)五年(一二八二)正月、四条金吾(しじょうきんご)から送られた年賀供養(ねんがくよう)の品々に対する返礼のお手紙です。冒頭(ぼうとう)から聖訓の前後を見てみましょう。
  「満月(まんげつ)のごとくなる餅(もち)二十、甘露(かんろ)のごとくなる清酒一筒(ひとつつ)給(たまそ)い候(そうろう)。春(はる)のはじめの御悦(およろこ)びは月(つき)のみつるがごとく、潮(しお)のさすがごとく草(くさ)のかこむが如(ごと)く、雨(あめ)のふるが如(ごと)しと思(おも)い食すべし」
  大聖人御年(おんとし)六十一。病(やまい)に冒(おか)された身体は著(いちじる)しく衰弱し、体力の消耗は日を追って進行していました。しかしこのお手紙では、そのような様子は微塵(みじん)も感じさせません。
  大難四か度・小難数知れずといわれる迫害(はくがい)を乗り越えられた大聖人は、肉体的ダメージを受けるごとに、逆に精神的強さを鍛(きた)え続け、その思いはやがて珠玉のような魂魄(こんぱく)に磨き上げられました。
  だからこそ、大聖人のみ教(おし)えは、七百年余の星霜(せいそう)を経た現代においても燦然(さんぜん)と輝き、わたしたちをお導(みちび)きくださっているのです。
  とはいえ諸行無常(しょぎょうむじょう)は世(よ)の理(ことわり)。身体をむしばみ続けた病によって、ついにこの年の十月十三日、大聖人は武蔵(むさし)国池上宗仲(いけがみむねなか)の館(現在の東京池上本門寺)において霊山浄土(りょうぜんじょうど)へ遷化(せんげ)されました。
  このお手紙は、生身(しょうじん)の大聖人が遺(のこ)された、最後の新春の「祝(ことほ)ぎ」のお言葉でもあるのです。

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