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日蓮大聖人のおことば 布教誌『宝塔』に連載中の「日蓮大聖人聖訓カレンダー解説」より解説者の役職・所属寺院名などは掲載当時のもの

南無妙法蓮華経と申は法華経の中の肝心 人の中の神のごとし

出展:『定遺』一四九二頁(五六一字)
解説:布施義高

南無妙法蓮華経と申は法華経の中の肝心 人の中の神のごとし

 八万四千の法門(法蔵(ほうぞう))と言われるみ仏の説かれた厖大な教え(一切経)の中で、最も根本となる崇高な教え(経典)が法華経であり、南無妙法蓮華経のお題目は法華経の中の最も大切な「肝心」と示され、人間の五体を司(つかさど)る「神(たましい)=魂魄」に形容されます。そして、この「法華経の肝心南無妙法蓮華経」に実の息吹を与えるのが、本仏釈尊の顕発を基軸とした真実の仏法(絶対救済)を顕す「如来寿量品」であります。

「一切経の中に此の寿量品ましまさずば天に日月無く国に大王無く山河に珠無く人に神のなからんがごとくしてあるべきを(後略)」―大聖人―

 釈尊説法の目途(もくと)は偏に寿量品を説き顕すところにあり、寿量品を頂点とする仏教体系が明らかになる時、一切経々は寿量品の精神によって真に価値付けられ、寿量品に至る階梯(かいてい)、寿量品の信仰の資(たす)けになるという存在意義が初めて開き顕されます。その意味から、

大聖人は、
「十方三世微塵(じっぽうさんぜみじん)の経々は皆、寿量の序分なり。」―大聖人―

と、久遠の過去から未来永劫にわたる時間(三世)、あらゆる空間(十方)に存在する一切の教えが悉く、寿量品の下に統括されることを教えられているのです。
 そして、本仏釈尊が末法の我々に親心として与えられた救いの良薬(ろうやく)が、「寿量品の肝心」=「南無妙法蓮華経」であります。
「肝心」とは、そのものの本質、実体の謂いであります。

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